井上 幸紀

『張韶老師の二胡講座:上巻』を翻訳し、出版

2021年10月17日情報更新

井上 幸紀

二胡レッスン

1回60分 5,000円

・1970年福岡生まれ。幼稚園時代は名古屋で、小中学校と高校は佐賀で暮らす。幼稚園で書道とピアノを習い、書道は中3まで、ピアノは高3の夏まで続ける。また小学校では金管バンドでアルトホルンを担当。中学校入学後ブラスバンドに入部してサックスを希望するも定員いっぱいで、数か月ソプラノサックスを担当するも、まもなくクラリネットに回され、それから大学までクラリネットを続ける。

・1989年、茨城の大学に進学し学生寮で一人暮らしを始めるが、2年目に抽選に外れ、大学外のアパートで暮らす。新聞配達、セブンイレブン店員、赤ペン先生などバイトにも励む。サークルはブラスバンドに入ったが、途中で自然消滅。大学の大教室にグランドピアノがあり、授業がないときに事前に申請すれば自由に使えたので、そこでときどき昔習った曲をひいたりしていた。

・1993年、大阪の大学院に進学し、そのまま大阪に定住。やがて中途半端な大阪弁をしゃべるようになってしまう。大学院に行きながら、新聞配達をしつつ、弁護士事務所でもアルバイトをして留学資金を貯める。来阪以来、1999年に留学するまで、まったく楽器と無縁の日々を送る。

・1997~1999年、中国政府奨学金留学生として南京に留学。留学後まもなく二胡を董金明先生に習い始める。留学生寮の近くの集会室に古びたアップライトピアノがあり、ときどきひかせてもらうが、やがて改修工事で使えなくなり、あたらしい集会室がオープンするとピアノは無くなっていた。

帰国後は半年くらいぶらぶら(中国の大学と日本の大学は学期がずれているので)。通訳養成学校に通ってみたが、社会人経験がないことで日本語のビジネス用語が分からず、挫折する。

・1999年、大阪市教育委員会の派遣通訳に登録。小中学校の保護者懇談や三者面談、家庭訪問の際に通訳をすることで、先生方と中国の子ども・保護者の方々とをつなぐお手伝いをするようになる(~現在)。

・2000年、周耀錕先生に二胡を師事。同時期に華夏民族楽団に加入(2002年退団)。

・2002年3月、大学院を単位取得退学、同年4月より大学の中国語非常勤講師になる(~現在)。

・2003年1月、創設メンバーの一人として天昇楽団(現・天翔楽団)に加入(2009年退団)。このころ、その前年にオープンした十三堂楽器に誘われ、同店の常連客兼アルバイトから二胡講師になる。3月、西大津の絲竹の会でたまたま杉原圭子先生に会う(最初は打楽器担当の方だと勘違いして話しかけた)。7月から杉原先生について二胡のレッスン開始。

・2004年2月頃より、杉原先生に誘われて三野雄一郎氏に昆劇の歌やしぐさを習いつつ、昆劇伴奏の練習もする(おもに打楽器を担当)。しかし2009年年末から2010年にかけて翻訳で忙しくなり、現在休眠中。

・2005年2月、杉原先生の紹介で北京に行って張韶先生のレッスン開始(不定期)。しかし2008年から翻訳中心に切り替わり、レッスンを中断。

・2006年11月、松原ヤマハハーモニー館の二胡講師になる(~2010年)

・2008年3月、『二胡広播教学講座』の翻訳に本格的に取りかかる。

・2009年、公民館で初めてアレクサンダーテクニークの一日体験レッスンを受ける。

・2010年、アレクサンダーテクニークのAru Quality Proで個人レッスンを不定期に受け始める。

・2011年、定時制高校の中国語講師に(~2012年3月)。

・2012年、『二胡広播教学講座』の訳書である『張韶老師の二胡講座:上巻』を自費出版。

・2016年、アレクサンダーテクニークの学校であるBODYCHANCE大阪校のプロコースに入学。
自宅近くで「雪花(シュエホワ)二胡・中国語教室」を始める。「雪花」は自分の名前「ゆき」からとったが、「学中華」(中国にまなぶ)「学精華」(精華、エッセンスを学ぶ)という気持ちも込めた。

・2017年、『張韶老師の二胡講座:下巻』を自費出版。

・2018年3月、BODYCHANCEの認定資格で、身体構造とその機能に関する「ボディシンキング資格」取得(証書授与は2018年12月)。

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